佐村河内守(さむらごうち まもる)とは


クラシック作曲家の佐村河内守(さむらごうち まもる)。
1963年に広島で生まれました。
両親ともに被爆者という家庭でした。

4歳から母親にピアノを教えられ、10歳でベートーヴェンやバッハと弾いたと伝えられていますが、
これも、真偽のほどはあやしいですね。

子供の頃から、作曲家を志望し、独学で学んだとされていますが、
本当は石原軍団に入って俳優志望といううわさです。
(石原軍団の専務が親戚だというウソをついて、入ろうとしたようです)

samuragoutimamoru佐村河内守が17歳のときに、原因不明の聴覚障害を発症←本当か?

ロック歌手として活躍した時期もあったが、あまりパッとせす、
映画音楽やゲーム音楽も手がけ、ゲームソフト「鬼武者」(1999年)の音楽では注目されました。

この頃に、完全に聴覚を失った・・・(らしい)

 

ベートーヴェンの時代のような交響曲の作曲家になろうと決意し直して、
2003年に交響曲第1番『HIROSHIMA』を完成させた。

▼交響曲第1番『HIROSIMA』 第3楽章 後半▼

※80分の大作の内の、最後のところだけです。演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

 

「ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチなど、ロマン派シンフォニストの系譜を受け継ぐ長大なシンフォニー」で、「被爆第2世である佐村河内守の出自が反映された自伝的作品」とCDの宣伝コピーには書かれていました。

この『HIROSHIMA』は、CDとしては2011年の震災後7月にリリースされ、じわじわと売れてきて、2013年になってプレイクし、クラシックとしては異例の17万枚を超えるベストセラーとなりました。

ロマン派の作風であることは確かだが、模倣にすぎず、21世紀のいま、こういう曲が書かれる意味はないという音楽評論家の批評も当時からありました。

しかし、こうした批判も想定したうえでの確信犯的・戦略的な時代錯誤とも受け取れます。

NHKが放送してからは、「時の人」となり、CDとコンサートでは、あざといまでの販売プロモーションが展開されています。

▼佐村河内守さん、作曲は別人だった。NHKスペシャル検証動画▼

のちにNHKはこの件について謝罪。

 

ゴーストライターが作曲していたということがバレてから佐村河内守はどうなるのでしょう。

音楽科としてのブームはもう終りました。

佐村河内守 4声ポリフォニー合唱曲 REQUIEM“HIROSHIMA” CD付
by カエレバ